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奈良地方裁判所 平成2年(ワ)290号 判決 1996年3月19日

原告

松井利夫

被告

小西彰

ほか一名

主文

一  被告小西彰は、原告に対し、金六一三万〇五八五円及びこれに対する昭和六三年三月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告東京海上火災保険株式会社は、原告に対し、金二一七万円及びこれに対する平成二年六月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告の被告らに対するその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用はこれを五分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

五  この判決は、第一、二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告小西彰は、原告に対し、七七九万六二四〇円及びこれに対する昭和六三年三月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告東京海上火災保険株式会社は、原告に対し、二三七万円及びこれに対する平成二年六月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が交通事故の相手方車両の運転者及び同人と自賠責保険契約を締結していた保険会社に対し、自賠法及び民法七〇九条に基づき、損害賠償の支払を求めた事案である。

【当事者間に争いのない事実】

一  交通事故の発生

次のような事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

1 日時

昭和六三年三月一〇日午後一〇時五五分ころ

2 場所

奈良市八条町八四五番地先の交差点

3 事故態様

西から東進して来た原告運転の普通乗用自動車と北から南進して来た被告小西彰(以下「被告小西」という。)運転の普通乗用自動車が出会い頭に衝突した。

二  原告の受傷

原告は、本件事故により、左肩打撲、左下肢打撲、頸部捻挫、腰部捻挫、両手部振戦等の傷害を受け、昭和六三年三月一〇日及び同月一四日に石洲会病院で診察を受け、同月一六日から平成元年七月七日まで奈良県立三室病院において約一年四か月間の通院加療をした。

三  被告らの責任関係

1 被告小西

被告小西には、前方不注視、一時停止義務違反の過失がある。

2 被告東京海上火災保険株式会社

被告東京海上火災保険株式会社(以下「被告会社」という。)は、本件事故当時、被告小西との間で自賠責保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結していた。

したがつて、被告会社は、原告に対し、自賠法施行令二条及び同条別表所定の各保険金額に相当する損害賠償額を支払うべき義務を負う(後遺障害別等級表一二級の場合には二一七万円)。

四  損害の填補

原告の勤務していた服部タクシー株式会社が立て替えて原告に支払つていた休業損害分のうち一八四万四〇四〇円については、被告小西の加入していた任意共済が、平成元年一〇月一三日に右会社に支払つた。

【争点】

一  過失相殺の有無・程度

<被告小西の主張>

本件事故は、出会い頭による衝突事故であるところ、原告にも見通しの悪い交差点に進入するに際し、徐行をしなかつた過失がある。

二  原告の損害

<原告の主張>

原告は本件事故により、自賠法施行令後遺障害別等級表の一二級に該当する後遺障害を負つた。

原告の損害額は、次のとおり合計九六四万〇二八〇円となるが、これより任意共済からの支払分の一八四万四〇四〇円を控除すると、残額は七七九万六二四〇円となる。

なお、被告会社に対しては、自賠法施行令二条に定める一二級の二一七万円に弁護士費用二〇万円を加えた二三七万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成二年六月一四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

1 治療費 八万三四二〇円

2 通院交通費 一万九五〇〇円

3 体業損害 三〇一万八〇九九円

原告は、本件事故当時、服部タクシー株式会社に勤務しており、本件事故前の平均賃金は、月額二八万二七五三円であつたが、昭和六三年三月分から平成元年七月分までの賃金として一七八万八七〇二円しか得られなかつた。

二八万二七五三円×一七(月)-一七八万八七〇二円=三〇一万八〇九九円

4 通院慰謝料 一〇〇万円

5 後遺障害による逸失利益 二七一万九二六一円

原告は、自賠法施行令後遺障害別等級表第一二級の後遺障害を受け、五年間は一四パーセントの労働能力を喪失した。症状固定時の男子(三七歳)の平均賃金三七万〇九〇〇円、新ホフマン係数四・三六四を用いて、逸失利益を計算すると、次のとおりとなる。

三七万〇九〇〇円×一二×〇・一四×四・三六四=二七一万九二六一円

6 後遺障害による慰謝料 二〇〇万円

7 弁護士費用 八〇万円

以上合計 九六四万〇二八〇円

第三争点に対する判断

一  過失相殺の有無・程度について判断する。

前記争いのない事実一、三の1に、証拠(乙一ないし四、原告本人)を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  本件交差点は、南北道路と東西道路とが交差しており、信号機は設置されていない。

南北道路の道幅は四・三メートルないし五・二メートル、東西道路の道幅は五・八メートルないし六・三メートルであり、南北道路の交差点の手前には一時停止の標識がある。

2  原告の運転する車両は、東西道路を時速約四〇キローメートルで西から東に進行し、本件交差点に進入した。左方の見通しは悪かつた。

3  被告小西の運転する車両は、南北道路を時速四〇ないし四五キロメートルで北から南に進行し、本件交差点に進入しようとした。被告小西は、本件交差点の手前約三九メートルの地点で、ワイシヤツの左ポケツトに入れておいたタバコを取り出そうとして、右手をポケツトに入れようとした際、視線をポケツトに向けたため、前方注視を怠り、本件交差点の手前で一時停止をしないまま、本件交差点に進入した。

4  被告小西の車両は、本件交差点のほぼ中央部において、その右前部を原告車両の左前部に衝突させた。被告小西は、衝突するまで原告車両に気が付かなかつた。

5  原告は、本件交差点の手前で、左斜め前方八・八メートルに被告小西車両を発見したが、衝突回避の措置をとることができなかつた。

右認定事実によれば、被告小西には、脇見運転のために前方注視を怠り、かつ、本件交差点の手前で一時停止をしなかつた過失がある。他方、原告にも左方の見通しが悪かつたのにもかかわらず、徐行をして安全を確認しないで本件交差点に入つた過失が認められる。

それぞれの過失内容を比較、検討すると、過失割合は、原告一割、被告小西九割とすべきである。

二  前記争いのない事実二に証拠(甲一、二、三の1ないし25、四の1ないし9、丙一の1ないし5、原告本人)を総合すると、原告は、本件事故により、左肩打撲、左下肢打撲、頸部捻挫、腰部捻挫、両手部振戦等の傷害を受け、昭和六三年三月一〇日及び同月一四日に石洲会病院で診察を受け、同月一六日から平成元年七月七日まで奈良県立三室病院において約一年四か月間の通院加療(実治療日数五五日)をしたほか、奈良県生駒郡斑鳩町の整体師森澤萬治の所に約二〇回通院して治療を受けたことが認められる。

そこで、原告の後遺障害につき判断を加える。

証拠(甲一、二、丙一の1ないし5、原告本人、鑑定の結果)を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  原告は、平成元年七月七日に症状固定の診断を受けたが、両手の示指、薬指及び中指の震え(振戦)、肩凝り、頸部痛、腰痛の症状が残つている。また、他覚的所見により、左手尺首神経領域の一〇分の八程度に知覚鈍麻が認められる。

2  振戦は、本件事故後の治療経過、既往歴及び脳神経系の異常所見がないことなどに照らすと、原告の神経的な素因の上に本件事故による身体的、精神的ストレスの影響が加わり、発症したものと考えられる。

3  頸部痛及び左手尺首神経領域の知覚鈍麻も、頸椎エツクス所見で第五、六頸椎の不安定性、後湾変形、可動域の減少が認められることから判断して、本件事故による外傷と因果関係があると認められる。

これらの事実を総合すると、1記載の原告の後遺障害は、自賠法施行令の後遺障害別等級表の第一二級の12の「局部に頑固な神経症状を残すもの」と評価し得る。

三  右事実を前提に、原告の具体的な損害額につき、判断を加える。

1  治療費 八万三四二〇円

原告は、治療費として少なくとも奈良県立三室病院に六万二四二〇円を、整体師森澤萬治に二万一〇〇〇円を支払つたことが認められる(甲三の1ないし25、四の1ないし9、原告本人)。

2  通院交通費 一万九五〇〇円

証拠(甲二、三の1ないし25、四の1ないし9、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告は奈良県立三室病院に五五回、整体師森澤萬治に二〇回通院したこと、バス代として一回につき往復二六〇円を要したことが認められる。

二六〇円×七五=一万九五〇〇円

3  休業損害 三〇一万八〇九九円

原告は、本件事故当時、服部タクシー株式会社に勤務しており、本件事故前の平均賃金は、二八万二七五三円であつた(甲五の1ないし3)ところ、原告が昭和六三年三月分から平成元年七月分の賃金として受領した合計額は一七八万八七〇二円(甲一〇の1ないし12、一一の1、2、原告本人)であり、その差額は三〇一万八〇九九円となる。

二八万二七五三円×一七(月)-一七八万八七〇二円=三〇一万八〇九九円

なお、原告は、昭和六三年三月から平成元年三月までの間、右会社から、休業損害分の賃金等として二七七万六六二九円の支払を受け、右会社は、これを被告小西の加入していた任意共済に求償し、同共済は、一八四万四〇四〇円を右会社に支払つていることが認められる(乙五の1ないし8、六、原告本人、前記争いのない事実四)が、右二七七万六六二九円は本来の賃金として原告に支払われたものではなく、本件の損害賠償の問題が解決した後は、原告と右会社との間で清算する必要があるから、右額を原告が受領した賃金の中に含ませるのは相当ではない。

4  後遺障害による逸失利益 二〇七万三〇〇九円

前記認定のとおり、原告には自賠法施行令の後遺障害別等級表の第一二級に相当する後遺障害があり、症状固定後、少なくとも五年間は前記の平均賃金二八万二七五三円の一四パーセントに相当する得べかりし利益を喪失したものと認めるべきである。新ホフマン係数四・三六四により計算すると、次のとおり二〇七万三〇〇九円となる。

二八万二七五三円×一二×〇・一四×四・三六四=二〇七万三〇〇九円

ところで、原告本人尋問の結果によれば、原告は平成元年七月一五日に服部タクシー株式会社を退社し、六か月程度の修業を経て整体師を開業し、平成三年九月の時点では、月収が三〇万円ないし四〇万円あることが認められる。

しかしながら、原告は右会社退社の直後から月収三〇万円ないし四〇万円の収入を得ていたわけではないから、前記二〇七万三〇〇九円の逸失利益があつたとの認定を左右するに至らない。

また、前記二の2記載のとおり、原告の後遺障害の振戦については、原告の神経的な素因の影響のあることも否定できないが、本件事故との寄与度の割合を明らかにできる証拠はなく、また、頸部痛及び左手尺首神経領域の知覚鈍麻については、本件事故による外傷との相当因果関係が肯定できるのであるから、寄与度による減額をするのは相当ではない。

5  慰謝料 三〇〇万円

本件事故の態様、原告の受傷内容、治療経過、後遺障害の程度等を考慮すると、慰謝料としては三〇〇万円を認めるのが相当である。

6  合計 八一九万四〇二八円

1ないし5の合計は、八一九万四〇二八円となる。

四  前記一認定のとおり、原告の損害額については、一割の過失相殺をすべきである。

八一九万四〇二八円×〇・九=七三七万四六二五円

また、服部タクシー株式会社が立て替えて原告に支払つていた休業損害分のうち一八四万四〇四〇円を被告小西が加入していた任意共済が支払つている(争いのない事実四)から、これを控除すると、五五三万〇五八五円となる。

本件事案の内容、訴訟経過、認容額等を考慮すると、弁護士費用として六〇万円を認めるのが相当である。

以上より、原告の被告小西に対する請求は、六一三万〇五八五円及びこれに対する本件事故の日である昭和六三年三月一〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

五  被告会社が本件事故当時、被告小西との間で自賠責保険契約を締結していたことは当事者間に争いがないから、被告会社は、自賠法施行令の後遺障害別等級表一二級の二一七万円を限度として、原告に対し損害賠償の義務を負う。

原告は、右金員に加えて弁護士費用二〇万円の請求をするが、自賠法に基づく二一七万円を超える部分の請求は失当である。また、被告会社が、本件事故の賠償をめぐる過程において、不法行為をしたことを認めるに足りる証拠はない。

したがつて、原告の被告会社に対する請求は、二一七万円及び訴状送達の日であることが記録上明らかな平成二年六月一三日の翌日である同月一四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

六  よつて、原告の本訴請求を四、五記載の限度で認容することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 井上哲男)

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